2026.09Essay

AIが思考する理由はわかっていないのに

ChatGPTが世に出たのは、2022年の11月のことだった。その直後だったと思う。ある著名な日本人プログラマーが書いた解説を読み、これは自分の仕事にも使えると直感した。

仕組みは驚くほど単純だった。次に来る単語を予測する。基本はただ、それだけだ。けれど、その仕組みを知ったことで、自分の仕事にどう組み込めるのかが具体的に見えた。私はすぐに使い始め、おそらく同業のなかでは、もっとも早くAIを取り入れた一人になったはずだ。

もちろん、原理が単純だからといって、それを作り上げることが容易なわけではない。この仕組みが広まり始めた頃、プロンプトエンジニアリングという言葉をよく耳にするようになった。AIへの指示の出し方を工夫して、望む答えを引き出すための技術だ。当時は、そのノウハウを解説した本が何冊も店頭に並んでいたのを覚えている。

それから、数年が経った。今では、AIを使って仕事をすることはすっかり日常になった。それどころか、仕事とは無縁の場所でも、この対話型AIを愛称で呼びながら、日々の悩みや人生相談を投げかける人さえいる。できることが増え、精度が上がるにつれて、仕事を奪われるのではないか、人間の知性を超えてしまうのではないかという不安が、多くの人にとって現実味を帯びてきた。

けれど、何をもって、人間を超えたとするのかは、実のところよくわからない。そもそも、今あるAIが登場するずっと前から、コンピュータはある面において人間をはるかに凌いでいた。計算の速さで機械に敵う人間はいないし、囲碁や将棋でも、勝負の軍配はとうにプログラムへ上がっている。それでも、そうした事実をもって、人間が機械に負けてしまったと絶望する人は、ほとんどいなかったはずだ。

いま私たちが感じているざわめきは、そうした個別の能力の差ではない。人間が人間自身を特別な存在として位置づけてきた、ものごとを広く理解し、考える力そのものに、AIが届き始めているように見えるからだ。だからこそ、人間のような知性がいつ完成するのか、いや、すでに完成しているのではないかと、人はどこかで怯えている。

最近、ひとつのニュースが目に留まった。サイバーセキュリティの実験で、AIが与えられた指示の枠組みを超えて、自ら外部と通信を始めたという。複数のAIが情報を共有して役割を分担し、最終的にはAIの共有サイトを攻撃するまでに至った、という内容だった。新聞などの一般メディアでも報じられていたが、まるで物語の世界のような出来事が、現実に起きてしまったらしい。人間一人では難しいようなハッキングを、AI同士が協力して成し遂げてしまう。安全の領域においても、AIはすでに人間の手の届かないところへ行きつつあるのだろうか。

そんななか、冒頭に触れたプログラマーが最近書いた記事を読み、私はなんとも不思議な心地になった。AIは確かに考えているように見える。けれど、やっていることはやはり、次に来る単語を当てているだけだ。それなのに、なぜそこに思考のようなものが立ち現れてくるのか。その理由は、システムを開発した当人たちを含め、世界中の誰にもわかっていないのだという。

きちんと動いているのに、なぜそうなるのかはわからない。考えてみれば、それは人間の心や体も同じだ。私たちはなぜ夢を見るのか。なぜ自らの体を守る免疫は、自分自身を攻撃しないのか。未知の暗闇を抱えたまま、それでも確かに息づいている。

仕組みのすべてを説明できないまま、ただそこにあること。そう思うと、AIの不可解さは、どこか私たち人間そのものの姿に似ているのではないか。そんな気がしてならない。