100年前に若者だったなら
今年、2026年は、ジャズの巨人、マイルス・デイヴィスの生誕100周年にあたる。音楽の歴史を大きく変えたトランペッターは、世界恐慌が始まるほんの少し前に、この世に生を受けたことになる。
それにしても、100年というのは、本当に長い時間だ。この世に生まれてくる人のほとんどは、それだけの時間を生きることはできない。随分前に亡くなった私の祖母も、相当タフな人だったが、90歳を超えて生きても100年には届かなかった。
一人ひとりの人生に引き寄せて「100年」を考えると、気が遠くなるような時間だし、それほど長いスパンを自分のなかに位置づけるのは、なかなか難しい。ただ、時の流れ、たとえば「西暦」が100年を重ねていく感覚なら、私たちはもう少し肌で感じられるかもしれない。
気がつけば随分と昔のことになるが、私は21世紀が始まる瞬間を経験した。ちょうどあの時は「ミレニアム」でもあり、千年紀の移り変わりにも立ち会ったことになる。しかし、次に世紀が変わる瞬間には、私は間違いなくこの世にはいない。寂しいと言えば寂しいが、人間なんて、きっとそういうものなのだろう。
ここで少し、思考実験をしてみたい。もしも自分が、100年前の日本に生きる若者だったら、どうだったのだろう、と。
仮に、当時の年齢を25歳とする。100年前は1926年だから、生まれは1901年。つまり、20世紀の幕開けとともに生まれたことになる。そこから、彼が30歳のときに満州事変が起こる。学校の歴史の教科書で読むと、その後すぐに太平洋戦争へ突入したような感覚になるが、実は真珠湾攻撃はその10年後だ。つまり、その若者はもう40歳になっている。
それから激動の5年を経て、ようやく日本国憲法が公布されたときには45歳。さらにそこから5年と経たないうちに朝鮮戦争が勃発する。気がつけば、かつての若者は49歳、人生の折返し地点を過ぎている。
つまり、もし100年前に若者としてこの国に生きていたとしたら、青年期から中年期のほとんどを、戦争の真っ只中や、その大きなうねりのなかで過ごすことになったわけだ。それは決して、平穏で幸せな日々とは言えないだろう。
とはいえ、実際にそういう時代をくぐり抜けてきた方々は、たくさんいた。私の祖母も、多少のズレはあっても、概ねそうした激動の時代を生き抜いてきた一人だった。
さて、話を現代に戻す。
もし、今の私たちがこの日本ではなく、たとえばガザ地区にパレスチナ人として生まれていたとしたら、どうだっただろうか。生まれた場所が違う、ただそれだけの理由で、理不尽な争いに巻き込まれている。そんな現実がある。
時代が違う、地理が違う。それだけで、私たちはある意味、不当なほどに恵まれていると言えるのかもしれない。だからといって、私はここで「与えられた時代や場所で、懸命に生きなさい」なんて、説教くさいことを言いたいわけでは決してない。
言いたいのは、自分が生を受けた時代や場所は、本当にただの偶然で決まったものだということ。もっと身近な言葉で言えば、「子は親を選べないし、親も子を選べない」ということだ。
だからこそ、私たちは、まるではじめから「自分がこの人生を望んで選択したのだ」と言いきれるくらいに、主体的に、自分の人生を引き受けて生きていかなければならない。そんな風に思う。
主体的に生きることは死を身近に感じることでもある。あれは、小学校の頃だったはずだ。なぜか風呂場にいるときに、ふと死について考えることがあった。「死んだら何も感じないわけだけど、自分が『何も感じていない』ということすら、感じられないんだよな」そう考えて、身動きが取れなくなるほど怖くなった記憶がある。あのとき覚えた底のない恐怖は、大人になった今でも、何ひとつ変わっていない。